【図工室探訪】八王子市立元八王子東小学校 萱原 剛 先生
都内各ブロックの図工室を探訪し、「空間」に留まらず、「人」「取り組み」「考え方」など、多角的な視点から取材をし、発信していきます。今回の訪問先は、南多摩ブロックの八王子市立元八王子東小学校・萱原 剛 先生です。
子供が動く図工室
萱原先生の図工室では、子供が動く。材料と用具を図工室中央にずらりと並べ、それを囲むようにして子供が席に着く。授業が始まると、子供達は自分で材料や用具を探索し、自分で選択する。そして、終わったら自分で片付ける。
いろいろな図工室を探訪していて気がつくのは、このような材料用具探索型(フリースタイル)の図工室と、それに対して、材料や用具を教員が授業に合わせてパッケージし、それをテーブルやペア、または個人で使用する材料用具配布型(教室スタイル)を前提として作られた図工室とに分けられるということだ。概ね、その中間地点に留まるという図工室が多いのかもしれない。
しかし、萱原先生の図工室は、徹底した材料用具探索型(フリースタイル)。萱原先生は、4年間の構想を経て、その後21年間に渡ってこのスタイルを続けながら、改善を繰り返して今の形に行きついた。どうしたら、子供たちが使いやすく、子供たち自身が動く図工室は実現できるのか、萱原先生を訪ねた。
美しい図工室であること
主体的で対話的で、アクティブな活動を実現したいのであれば、やはり、子供が自分たちで材料や用具を探索できる空間が望ましい。しかし、子供が自由に使える環境は、教員の目が行き届きづらく、安全面の不安もあり、必ずしも周りから歓迎されるとは限らない。むしろ、管理職からは否定的な意見もあるという。
そういったハードルをクリアするために、萱原先生が心がけていることは、“とにかく図工室を整え、美しく保つ”ということ。
まず驚くのが水回りの輝きだ。車磨き用ワックスで磨き上げたピカピカのシンクは、キッチンのシンクのようにキレイだ。「水回りがキレイだと、図工室がキレイになる」のだという。その言葉の通り、確かに図工室全体がキレイに整っていた。
実は、この考えの根っこにあるのは、萱原先生が初任の頃の恩師(鷲尾礼子先生)のある言葉だ。 鷲尾先生の図工室が、あまりにもきれいだったことに驚き、「どうしてこんなにきれいなんですか」と尋ねると、こう答えられたのだという。
「きれいや、素敵を教える先生が、きれいや素敵な空間を演出しないでどうするの?」
それ以来、萱原先生は、図工室の空間を今のように「演出」し続けている。
材料も用具も、図工室中央に集中しているため、何がどこにあるかが一覧できて、とても使いやすい。さらに、見えている平置きのものだけではなく、引き出しの中を開けると、ハサミやカッターナイフ、げんのう、ノコギリなどが、見事に並んで入っている(下の写真)。一つ一つに番号が振られ、番号順に左から並んで入っている。ハサミであれば、右利きは左から、左利きは右から順に並べられ、左利きの子供への配慮も欠かさない。
また、ノコギリは、マップケース(*)の引き出しに歯が右を向くように並べて収まっている。取ろうとすると歯が自分の方を向いているため、危ないと感じ、ゆっくり取り出す人間の心理に基づいて、必ずこの向きに入れるようにしているという。
このように、ただ用具が揃っているだけでなく、順番や向きに到るまで、一つ一つに根拠があり、理にかなっている。ここまで管理されていれば、確かに自信をもって子供たちに委ねられるだろう。 しかし、これだけ徹底して秩序を保つのは、かなり手間がかかるのではないだろうか。これだけキレイだと、子供が自由に使うことで乱れていくことが、かえって気にかかってしまいそうではないか。
子供がつくる図工室
ところが、萱原先生は言う。 「キレイな図工室でしょ。でも、実は私はほとんど何もしていないんです。」
なんとこの図工室、管理しているのは、主に6年生。片付け、道具・材料の整理整頓に留まらず、材料棚のラベル一つ一つが6年生の手づくりだ。
「今日、取材に来るよって話したら、いつも以上にキレイにしてくれたみたいですね。私一人だけでは、こんなにキレイにできませんよ。」と笑いながら、引き出しを一つずつ開けて見せてくださった。
もちろん、図工室をキレイに保つことも大切ではあるが、それ以上に、子供たちにとっては、道具を整える中で、秩序が生み出す美しさを感じるチャンスでもあり、同時に、この場所が、子供たちにとって思い入れのある、大切な場所になっていくのだと感じた。
6年生がラベルをつくってくれて、図工室をキレイにしてくれていることがわかるから、下級生の子供たちも、図工室をキレイに使おう、ちゃんと片付けようと思う。
中には、自主的に図工室をキレイにしたいと、授業終わりや休み時間に、図工室にやってきて整理整頓をしてくれる2〜6年生の子供が現れる。萱原先生は、その子達をあえて「弟子」と呼び、道具や材料にまつわる、普段の授業では教えていないような裏話を教えてあげるのだという。不思議なことに、一度「弟子」になると、みんな卒業するまでしっかり勤め上げるそうだ。中には、卒業してからも手伝いに来てくれる子もいるというから驚く。
「21年かけて、ようやくこういう図工室になりましたけど、まだまだ試行錯誤しているんです。子供たちからアイディアをもらいながら、つくっていきたいです」と語る。
「図工室は、子供たちがつくる」そんな当たり前で、基本的なことを忘れ、図工専科が躍起になって図工室を管理して、子供がお客さんにしていないだろうか。
図工室という空間づくりを超え、「図工室経営」のあり方を改めて問い直す、刺激的な図工室だった。
*「マップケースにノコギリを入れたのは、図工室を改善するアイディアの中でも一番のヒットだった」という萱原先生。「教材室に使われていないマップケースがあったら、図工室でノコギリケースにすることをお勧めします」とのこと。
取材:渡邉 裕樹(昭島市立つつじが丘小学校)
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