【図工室探訪】羽村市立羽村東小学校 古賀久貴先生

 今年度から都図研広報部では、より見やすく、よりアクセスしやすく、そしてより内容の充実を図れるように、これまでの紙媒体での発信から、webサイトを中心とした発信へと移行しました。 これを機に、図工室を探訪するコーナーを、これまでのように図工室という「空間」を切り口にした取材にこだわらず、「人」「取り組み」「考え方」など、多角的な視点から取材をし、発信していければと考えています。  

 今回の訪問先は、羽村市立羽村東小学校の古賀久貴先生です。   

授業は“紙芝居”  

 古賀先生の図工室に入って、ぐるりと見まわしてみると、最初に気になったことは、黒板が異常に“目立たない”ことだ。 普通(というのは思い込みかもしれないが)、図工室や教室では、黒板を使って授業を展開する。今日やることを板書して提示し、教師がその前に立って話すものだ。でも、古賀先生はそれをしない。  

 古賀先生の授業は、数枚のA4コピー用紙でつくられた「紙芝居」で始まり、その紙芝居に沿って進む。紙芝居は、「題材名」「めあて」「今日の材料とそのポイント」「ステップ1」「ステップ2」・・・という形で、おおよそ、授業展開の時間軸に沿ってつくられている。書かれている言葉も、端的明確。 古賀先生は「A4サイズ1枚に収め、しかも後ろの子にも見える大きな字で書かなきゃいけないと思うと、展開とか、指示とかを、いやでも考え抜くことになるんです」と話す。 確かに、板書ならもっと書けてしまうけれど、サイズの制限をかけることで、指示は明確になり、自ずと洗練される。 「授業を思い付いたら、まず紙芝居にしちゃうんです。そういう意味では“略案”を書くのに近いかもしれません。でも、これだと書いた時点で、もう授業準備ができちゃうんです」と、準備室から、なんと全学年分の紙芝居ボックスを持って来てくださった。学年ごとに、枠取りの色を変えた1年分の紙芝居ボックスセット。これは、まさに「授業パッケージング」だ。 

 「同じ授業を何度もやる図工専科には、この方法を本当にお勧めします」というこの授業パッケージ手法。実は、川島直さん考案の「K P法」(紙芝居プレゼンテーション法)という、パソコンもプロジェクターもいらないプレゼンテーション法で、近年、思考整理法としても注目されているのだという。授業展開のパターン化をすることで、子供たちも安心して活動に取り組むことができ、ユニバーサル・デザインという視点でも、ヒントがたくさんあるように感じた。

 

 冒険遊び場づくりに関わった10年 

 そんなふうに「授業のパッケージング」を徹底していると聞くと、なんとなく子供の自由度は保障されているだろうかと、少し疑問に思う方もいるかもしれない。ところが、古賀先生の考えは、ほとんどその反対である。「基本的に、子供に自由にやってほしい。勝手にやってほしい。重要なのは、“勝手にできる環境を用意できているか”ということ」だと話す。

 古賀先生は、教員になる前、NPO 法人日本冒険遊び場づくり協会の立ち上げに関わり、10年程、「遊びあふれるまちへ!」と冒険遊び場づくりの普及を支える仕事をしてきた。「冒険遊び場」といえば、「自分の責任で自由に遊ぶ」をモットーにした、最大限子供の自由を保障する場・空間であるが、そこでは、なんらかの理由で学校に通っていない子供たちとも出会ってきた。 そういう世界を知っている古賀先生だからこそ見える、「自由」のつくり方があるのだと感じた。

  数年前には生活指導主任もやり、「子供たちにとっては学校で一番厳しい先生じゃないかな」と自ら語る。 片付けをしない子には、厳しい。「自分のじゃない」と言って落ちているものを拾わないような人に、子供たちにはなってほしくない。みんなで使う場所だから、みんなで片付けをするのが当たり前。 ましてや、まだ使える紙を捨てることは許さない。

「“新しい紙じゃなきゃ嫌だ”という時代は、この先もう長続きしないと思っているんです。」 あるものを、使えるだけ使いたおして、大事にしてほしい。 どんな身近なものだって、ゴミみたいなものだって、子供のアイディアで、劇的に変えることができる。何か新しい素材をわざわざお金をかけて使うより、できるだけ身近なもの、ベーシックな素材を使いこなせるようにしたい。

 古賀先生には、子供に伝えたいことがたくさんある。学校という、子供の日常と向き合う仕事だからこそ、できること・やるべきことは何かを考えているのだという。

    

身体は、もっとも身近な“素材” 

 古賀先生は、今年度、文化庁芸術家派遣事業で「カラダで図工!」と題し、体奏家でダンスアーティストの新井英夫さんをお招きし、図工の枠を超え、身体を使った表現活動という新たな試みに挑戦する。 

 自分の身体を開放すること。身体を開いて<もの>や<場>にかかわるということ。それは、まさに、もっとも身近で、もっともベーシックな「すでにここにあるもの」との出会い直しである。 

「身の回りは、美しいもので溢れていると思うんですよ。そのことに、子供たちって気がついているのかなあ。身の回りの世界の美しさを、細やかに感じることができるようになってほしいんですよ。」 

 現代の図工は、真新しい材料や整った材料、大量の材料を、十分すぎるほど手渡し、子供たちを魅了しているように見える。しかし、それはともすると、子供たちの感覚を鈍くもさせているのではないか。

  真新しくなくても良い。珍しくなくても良い。無い物ねだりではなく、あるものの豊かさ、いまここにある、目の前のものごとを、「美しいなあ」「面白いなあ」と細やかに感じる感性こそ、育まなければいけないのだ。

  図工室の前面に「一人ひとり、みんなが大切。」、「いっしょに いる。」と掲げられていた。子供たちの“存在”を授業の中心におき、何よりも大事にしている、温かい図工室だった。 

取材:渡邉 裕樹(昭島市立つつじが丘小学校)


次回の「図工室探訪」では、八王子市立元八王子東小学校の萱原剛先生を尋ねます。


東京都図画工作研究会

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